.この薄っぺらいブログが見えるというのか/

自転車・PC・読書感想。サイクリング部の大学生やってます。

頻繁に昔の失敗を思い出して悶える人

僕は昔の失敗をほんとに忘れないタイプで、ことあるごとに思い出しては身悶えしてる。思い出す失敗はいっぱいあるが、挙げてみろと言われるとすぐにはでてこない。全く前兆なく、ふっと脳裏に現れる。ただ、1人で単調な作業してる時によく起こるという法則性はある。食器洗いの最中、風呂入ってる時、つまらない本を眺めてる時。脳のリソースを中途半端に使っているときだ。

頑張ってどういうものを思い出すのか思い出してみると、小さい頃友達に怪我をさせてしまったこと、人に注意したら無視されたこと、ネタが滑ったこととかだと思う。ほんとに思い出せない。なにに悶ていたのか。

こういう過去のフラッシュバックというのは多分中学生くらいから始まったんだと思う。最初は思い出すだけだったんだけど、段々と具体的な行動として現れる様になってしまった。

これは意識的にやってるわけじゃなくて、癖みたいなものだから、はっきりと覚えている訳じゃない。最初のうちは、思い出したときにすこしハッととするだけだったかもしれない。次に腕に力が入る様になった。急に筋肉が収縮して、びくっとなる。両腕にランダムじゃなくて例外なく左手だけ。テスト中にこれが起こってしまって、隣の人に少し不思議な顔をされた覚えがある。なんで左手だけだったのか、今となってはわからない。理由があった気もするし無い気もする。たまたま最初が左手だったからと言うのがありそうな話ではある。

覚えている限りの次の段階は言葉を発するようになった。多分これは、前述した左手の硬直をやめようとして出てきたんだと思う。反射的に左腕が硬直しなくなった代わりに、今度は反射的に言葉をつぶやくようになってしまった。最初は「あー」とかだっただろうか。それから段々言葉がはっきりしたものになっていって、ひどく失礼なもので申し訳ないが、今では「死ね」とつぶやく様になってしまった。

死ねっていうのは多分僕に向けたものなんだと思う。こんな失敗をした僕。あんなこともできないあいつ。いつからか思い出すのはムカつく他人の言動も含まれるようになった。急にとなりのやつが「死ね」なんてつぶやきだしたら怖いことこの上ないとはわかっているので、つぶやくのは1人の時だけにしている。人が近くにいる時にこの発作がやってきてしまうことも勿論あって、その時はすんでのところで言葉を飲み込むようにしている。この反応は脊髄反射か、脳の条件反射のどちらなのだろうか。考えて止めることができるから脳の反射のような気もする。

ただ最近は止めることができずについ口から漏れてしまうこともある。「し」まで言ったところで、これは言ってはいけないことだと気づく。だから突然口からするどく息を漏らすという間の抜けたことになってしまう。

たまに止められないくらいフラッシュバックすることもあって、そういう時はだいたい「死ね」と言ってしまう。もちろん1人の時ですよ。人が周りにいるときは「し」だけになる。短時間で何回も続くことが多くて、傍から見たら頭のおかしいやつなのはわかってる。

これが原因なのかは知らないが、ちょっと前バズってた「共感性羞恥」もよくある。テレビで滑ってる芸人がいると見てられないとか、自分に関係なくても、恥をかいてる人のことは見てられない。以前友達に漫画の「惡の華」を読ませてもらったけど、辛くて3巻までしか読めなかった。友達は早く読めと急かしてくるが、どうしても読めないのだ。みていて辛かった。どうしても無理なので早々にお返しした。

映画やアニメでも、自分の失敗を思い出すような場面とか、恥をかく場面とかだと思わず視聴をやめてしまう。シュタゲのオカリンが良い例になる。クリスの講演で「意義あーり!!」なんて叫ぶとこなんて見てられない。こういう時は一旦見るのをやめて、「これは自分に関係ないことで、登場人物が恥ずかしい思いをしたとしても自分のせいじゃない」と言い聞かせてから見るようにしている。

けものフレンズも、最初のサーバルがかばんちゃんを追いかけるシーンの作画の酷さに、すぐに見るのをやめてしまった。書いてて気づいたが、登場人物が辱められることに限らないらしい。

これは精神病の一種なのだろうか。精神科に行っても変わらない気がする。この記事をブログに載せてインターネットに公開すること自体を思い出してまた悶える気がする。多分僕はこの現象とずっと付き合うことになるのだろう。