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伊藤計劃トリビュート の感想

 伊藤計劃ファンとしてはかなり満足度高かった。

 公正的戦闘規範

 通勤電車でスマホで書いた小説を電子書籍で自己出版したところ人気作家になった藤井さんの短編。やっぱり中国出てきた。ミリタリSFはアメリカ、次点でヨーロッパが主役になってるような感じがするがこれは中国が舞台。ディストピア萌としては中国の人権を放り捨てて、マイノリティをどんどん弾圧していく政策はなかなかにツボ。伊藤計劃はテクノロジーと人間の意識の関係を主に描いていたので、この短編集も意識を主題にしたものが多いのだが、これはもっぱら戦争のテクノロジーに焦点を当てている。虐殺器官について、「SF的なイコンを出来る限り排除して、現在の延長にあり得る未来」を書いたと伊藤計劃氏はどこか(ソラリスのインタビューだったかな?)で語っていたと思うけど、そういう意味でとても伊藤計劃っぽい。しっかしよくこんな設定思いつくよなと。ドローンを戦争に活用という話はいろいろ聞くが、まだ発展途上で方向性がよく定まっていない中、こういう話を考えられたのは本当に尊敬する。オチはとても好み。すべてを知った主人公が現実を受け入れて達観した感じ(これを表すいい単語ってないのだろうか。ニヒル?)で行動するのっていいよね。

仮想の在り処

 これはとても哲学的。ひたすら演算によって作られた人格と現実(あるいは主人公)との関係を描いている。バイナリ計算によってレスポンスを変化させるAIと、同じく脳のイオン伝達によって出力された人格に違いはないのかもしれなくて、そこになにか違いを求めようとすると(多分boy's surfaceでこんなような言い回しがあったと思うが)「意識を司る天使の召命」にいきつくのかもしれない。

 士郎正宗が義肢を拡張して義体を生み出したように、綾野八音はこの作品では意識までも機械に置き換えた新しい存在として描かれている。どこまで置き換えたら(置き換えなかったら)人間なのかというもはや問い続けられすぎてみんな答えなんてないことが薄々わかっている問いをまたもや掘り起こしてくれる。このあたりが主題になっている小説はみんな答えが欲しいんじゃなくて思考遊びを楽しんでるんだろうと思うし、その点で言えばこの短編はかなり面白い。

 この短編を貫くどこか悲しげな雰囲気を生み出しているのは生きている姉を再現(再ではないが)しているはずの仮想人格がそのまま姉の墓標となっていることで、更に言えば主人公を含めた家族全員がそれを意識していつつ直視していないことだと思う。

南十字星

  正直これはあまり好きじゃなかった。なんかラノベっぽいんだよなー。多分この短編が三人称だということが一因なんだと思うが、どうにも好きになれない。あと設定もあんまり合わない。自己相がどことなく中世ファンタジーの魔法っぽいというか。せっかく民族が消滅した世界っていうおもしろそうな設定なんだからもっと(それこそ仮想の在り処のように)民族について考察してくれてたら俺好みだったかも知れない。

未明の晩餐

 これは異色。まさか「伊藤計劃」トリビュートでグルメ小説がでてくるとは思わなかった。舞台の、拡大の末荒廃した東京駅というのはなんだか「横浜駅SF」っぽいなと思ったり。グルメ小説で伊藤計劃をトリビュートするってどうなんだと最初は疑わしかったがちゃんとトリビュートできてて感心した。ただ自分は料理なんて全然できないので調理の描写が全然実感できなかった。

にんげんのくに

 えーこれはよくわからん。オチっぽいオチもなかったし。実在した民族を元に書いたということだが、一読した限りじゃあまり小説にする意義もわからなかったので普通にノンフィクションのドキュメンタリーでいいのではと思った。

ノット・ワンダフル・ワールズ

ネタバレ注意

  いいね。とても良い。トリビュートというか計劃ファンへのサービスとしてはこれが一番出来てたと思う。

「この都市が、我々の生が、死者へのトリビュートだ」

テールは物語を遺した。計画を遺した。今の世界は、彼の遺した計画。

ココらへんなんかはあからさまだけどちょっとニヤッとしてしまう。

 テーマは進化。結構前に「利己的な遺伝子」を読んだんだけど、この短編のように、その知識が色んなところで出てくるのでびっくりしている。進化とは自由になることで、進化の目的とは「一人勝ちすること」だとこの短編では言っているが、生物多様性が環境を混沌にしてるんじゃなくて、逆に多様性がなければ、つまりその環境を構成している種が少なければ、その環境は崩壊してしまう。っていうのをどっかで読んだ気がする。

 eニューロはSFチックなガジェットとして描かれているけど、現代でもスマホとかが同じような役割を果たしつつあると思う。今はまだスマホは取り出さないと見られないからやたらと選択肢を提示したりはしてこないけど、ウェアラブルバイスが普及したらeニューロのように生活に入り込んでくるのかなー。

 オチはまさかの二段構えで、驚かされたし面白かった。AIが意識を持ったという設定だが実際問題どこまでの複雑性を獲得したらコンピュータが意識を持つようになるのだろうか。「意識を持っている」か否かを判定するには意識の定義がはっきりしていないといけないわけだがこんなのはできないので「コンピュータは意識をもつのか」という問いに応えることはできないことになる。

 

フランケンシュタイン三原則

 これは「屍者の帝国に真っ向から喧嘩を売ってる」ってどっかで読んだけどまさにそう。俺だったらこんだけ面白いものをかけるんだぞ、という主張に見えるぐらいおもしろい。ハーモニーの影をちらちら見せているせいで妄想が膨らんで仕方ない。これはハーモニーの後、アポカリプスが起こった世界なのか・・・とかね。

 あとこの短編では言及されてないけど、沖田総司は女体化されたりイケメン化されたり可哀想だと思う。なぜみんな沖田総司の顔をそんなに変えたがるんだ!別に剣豪がイケメンでも美女でもなくたっていいだろうが!そんなに改変ばっかするのは沖田総司への侮辱だぞ!

 話をもどして、屍者の帝国では屍者技術がサイエンスではなくファンタジーのような雰囲気で扱われていて、あまりしっくりこないなぁと思ったけど、この短編では屍者技術という生命への冒涜(この言い方があまり好みじゃないのは同意してもらえると思う)を人間の尊厳である魂にうまく結びつけていてとてもおもしろいと思った。

 この中で訴えられている「人類は永遠の反復と模倣の中で生きている」という主張はSFということを抜きにしてもとても重大な意味を持ったセリフだとおもう。未知に囲まれて精一杯生きていた幼少期と現在とを比べると、生活に占める「反復」の割合がどんどん増えていっているのではないか。

 ちょっと笑ってしまったのが

「いつからこの国の公僕は無辜の市民に銃を向けるようになったんだ」

「わかっとるだろ、建国以来さ。」

ってとこ。 

 あと終わり方なんかいいよね。まぁ最後の一文はあんまり意味分かんないんだけどかっこいいからおk。そういえば著者名の伴名練というのはハンナ・アーレントからとったのだろうか。

怠惰の大罪

 これも面白い。でもせめて終わらせてくれ・・・。公正的戦闘規範と同じように、科学技術が戦争に与える影響を主に描いていて、また歴史改変SFとしても楽しめた。キューバなんて全く縁がないし、ここで登場するキューバは架空の国だけど、あるいはこういう国もあったかも知れないと思うと興味深かった。

 疲れてきたのでこの辺で終わる。今回の記事はポエム感強かったかも知れない。