self reference engineの感想2

 最近SREを壁紙にしたので本棚から引っ張り出してきてもう一度読んでるわけですが、時間をおいて読み直すと新しいものが見つかってとても面白い。そしてそれと同時に一体どれだけ読み落としてたんだとすこし落ち込むのですが。

 何が面白いってまずかっこいい。いちいち言い回しに引き付けられるわけです。宇宙規模のワープロには聞き分けのない小学生のように石は当たりませんでしたと宣言してごり押しする能力が備わっている。とかいう文節をばらばらにしてアイロニーに浸して乾かして二度漬けしたようなこの文章。どうです?すばらしくないですか?もう俺は一文一文読み進めるごとに荒野のガンマンが無口に一匹狼で砂漠を旅をしているような孤高の感覚を高めていってるわけですよ。これはSFなのか純文学なのかと問われて私は「終末小説」だということを宣言してごり押ししたい。SF、ミステリ、純文学、歴史小説自己啓発etc.....+終末小説ですよ。書店に終末小説コーナーが大々的にできても良いと思う。イベントが起こって時間が隊列を組むことをやめて(もうこの表現も好きなわけですが)僕は当てもない冒険にでる。その間には無数のお話が埋まっていて、self reference engine はあらかじめ存在しなかったものとして突然に発生しなかった。うへぁ。大好物です。伝わります?この終末世界感。既読の方ならきっとわかってくれるものと信じたい。

 そしてメタフィクション的構造。語り手(?)のリチャードがいつの間にか読者の視点を通り越してなんだかよくわからない位置にいたり、収録されているお話は全部フロイトの夢だということがほのめかされたり、超知性体は超超知性体の演算の一部かもしれなかったりなんだり。思考をあっちへコロコロ、こっちへコロコロしてそのまま文章にした感じがとても好きです。タイムトラベルは私が一番燃えるジャンルとして提唱しているのですが、タイムトラベルにもメタフィクション的面白さがあるんじゃないかと思います。主人公は何回もの時間旅行をしてほとんど読者と同じ視点まで登るわけですが、ずっと主人公と読者が行動を共にして、持ってる知識が一緒になって、感情移入できるが故の盛り上がりってあるじゃないですか。そういう点でタイムトラベルはメタフィクション的だし、メタフィクションは盛り上がる。でもうSREにはメタフィクションもタイムトラベルもアメリカの片田舎の等閑な終末的雰囲気も垂涎な言い回しも全部詰め込まれてるわけですよ。これで面白くないことがいやない。

 メタフィクションを極めて天井を突き破ったのがcoming soonでこれはほんとに好きです。喜髪天を衝く。「それはやりすぎだジェイムス」。おいおい何言ってんのか全然わかんないぜ。でも最高にかっこいいのでよし!

 つまりみんなSREを読もうってことだ。