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「戦争」の心理学/デーヴ・グロスマン 感想

 前書きに書いてある通り、とても実践的な本でした。

 

「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム

「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム

 

 

 本書の特徴は一貫して戦士のために書かれていることです。戦闘は当事者に重大な心理的影響をもたらしますが、筆者によればあらかじめその影響を知っておくことで負担を軽減できるそうです。そのため、戦闘にかかわった人の体験談が非常に多いです。筆者の主張だけではなく、第三者の視点があることで説得力が増しています。それに一つ一つの話が、戦闘を経験したことのない私にとっては衝撃でした。ww2では大小失禁を経験した兵士がそれぞれ1/4,1/8いる、というのはびっくりしましたね。実際はもっといるらしいです。失禁とか悪役の下っ端がするイメージしかないですが意外と普通なんですね。体験談もとても参考になりますが、筆者の印象だけでなく調査に基づく具体的な数字も示してくれるのでとても信頼できます。

 いろいろ驚いたことはあるのですが、朝鮮戦争では戦闘中に命を落とした兵士より精神を病んで離脱した兵士のほうが多い、とか敵の姿が見えた時に発砲した兵士は2割しかいないって話は意外でした。本書では簡単に戦争の歴史を紹介していますが、それによると戦争では昔から肉体と同じかそれ以上に精神面が大事らしいです。私はてっきり戦争に行けば銃が撃てるようになるもんだと思ってました。

 ここまで大局的な話しかしてきませんでしたが、実際は戦闘がもたらす特殊な精神状態など、もっと個人的なレベルでの話も載っています。記憶混濁、体感時間の延長、心拍数による運動能力の変化などなどたくさんの事例が紹介されています。

 ちなみにゲームとメディア批判にもかなりのページが割かれています。正直ここは言ってることが傾きすぎかなーとは思いました。でも暴力的なゲームが子供に悪影響を与えるというのはどうも事実みたいです。一ゲーム好きとしてはちょっと困るところでした。筆者の言うような全面禁止ではなく子供が影響を受けないように教育すべきなんじゃないでしょうか。

 あとシェークスピアとか文学作品からの引用めっちゃ多いです。正直読み飛ばしてましたすいません。

 多くの事例が細かく、網羅的に紹介されているので戦争系の創作するときに使えるんじゃないかなと思いました。

 

アルジャーノンに花束を/ ダニエル・キイス(小説) 感想

 かなり面白かったです。

 

 

毎回こういう登場人物の内面に焦点をあてた作品を読むと面白く感じるのですが、なんでなんでしょうね。感想を書くにはどこが面白かったと言葉にしなければいけませんが具体的に表現しようとするとなかなかできないのです。

 昔から登場人物の心の内側を主軸においた作品は存在します。こころ、罪と罰夜のピクニック(これしか思いつかないのですが汗)。こういった作品が面白い理由として、自分の経験したことがない世界を体験できるから、というのがあるんじゃないかなと思います。

 本書で言えば手術を経て急激に知能と情緒が発達した知的障害者が自分の過去と現在、そして未来と向き合いながらアイデンティティを確立していくのを見ているのが面白いということになります。誰でもチャーリーのような経験はしたことがあるんじゃないですかね。何となく友達の輪に入れなかったり、あの時こうしていればよかったと後悔したりとか。読んでいるときに具体的な記憶をイメージしている人はいないと思いますが、何となく感じていた感情をはっきりと言葉に表してくれる快感というのも面白く感じる理由なんじゃないかなと思います。アルバムみて「こんなのあったねぇ!」みたいな快感ですよ。

 こういう(月並みないいかたをすると)知識欲の刺激が小説を面白いと感じる所以だと思うのですがどうでしょうか。本書はそういう要素が多いから面白いということになります。小説はフィクションだから読む意味は全くなく、ノンフィクションのほうが価値は高いのである、とはならないのもこういう理由からじゃないですかね。

 知識欲が云々とは別に、本書にはとても参考になる言葉が多くあります。

たとえお話の世界だってルールがなくちゃならない。部分部分が首尾一貫していて、ぴったり整合しなくちゃいけない。こんな映画は嘘っぱちだ。無理やりつじつまを合わせている。脚本家か監督か、だれだか知らないが、プロットにそぐわないものを話の中に入れたがるからだ。だから不自然なんだ。-p128

なにもきれいなレッテルを張ってもらわなくてもいいんだ!問題はこの実験にかかわる前には友達がいたということなんだ。-p173

誰でも、なにかを軽蔑するもんじゃないですか。-p265

もう一番目とかド正論ですよね。万事筋が通っている本書で語られるので説得力もひとしおです。self reference engine は全く時系列も登場人物も世界の法則も整合性がとれていませんが、筋を通さないという筋を通しているのでセーフです。最近のアニメ実写化ラッシュとかまんま当てはまりますよ。そんなに見たわけじゃないですが。あと二つはなんか印象に残ってます。

 ひとつ文句をつけるとすれば翻訳に少し違和感があるとこですかね。チャーリーが急に「~するのはおよし」とか「お入りなさい」とか言いだします。でもまあこんなのは些細なことです。そんなに頻繁に出てくるわけじゃありません。

 名作といわれるのも納得です。タイトルの意味が分かると感動できます。読んでよかったです。

読書術/加藤周一 感想

 読書法とういのは昔から何べんも論じられてきたようですが、その中でもこの本は特別な位置を占めているようです。

 本書では本当に基礎から読書法が論じられていて例えば本は早く読むのか遅く読むのがいいのかとか、小説だけでなく雑誌や新聞、外国小説の読み方などこれから活字に親しみたいと考える人にとってはとても有益な本になるでしょう。

 しかし、すでに読みたいジャンルなり作者なりが決まっていて、さらに深い読解がしたいという人にとってはもっと良い本があるだろうと思います。私は最近興味を持ち始めたSFや古典文学の読解など具体的な指針を求めてこの本を買ったのですが、本書に書いてあるのは一般論です。そりゃそうだ。そもそも前書きにもこの本は一般論を論じる、とあるので全く本書が悪いわけではないのです。私が今しているのは数学の問題集を買って、英語の解説がないとわめいてるようなものです。

 結局私の選択が悪かったとなるのですが、全く得るものがなかったわけではありません。現代にはたくさんの印刷物が飛び交っていてそのすべてを網羅するのはとてもできませんが、そういう場合の対処法など参考になることも多かったです。

 ほんをかうときにはちゃんとないようをはあくしてからかうようにしましょう。

イミテーション・ゲーム 感想

 とても面白かったです。

 わたしは演技については全く知らないので偉そうなことは言えないのですが、主演の演技がよかったと思います。絶妙なコミュニケーションのとれなさでみてて笑ってしまうところがいくつかありました。同僚が女性を口説く下りとか。あと所々に入る「どもり」や他人の感情をうまく理解できない混乱の演技が自然で(実際はどうか不明ですが)チューリングの特異性を自然に表現しているように感じました。突然研究を邪魔されてたじろいだり、慣れない怒りの表現とか、とても難しいと思うのですが全然違和感なかったですね。

 見てて思ったのですが、いくら天才でもコミュニケーションとれなかったら疎まれそうですね。一緒にいてもその人が天才かどうかはその時点ではわからないですし、ただ意思疎通が下手で自分にうぬぼれているだけと思われても仕方なさそうではあります。

 あと研究職のプレゼンってどうするんでしょうね。出資者に全部を理解してもらえるはずがないし、結果がでるかもわからない。

 チューリングのおかげで戦争が連合国側の勝利でおわったらしいですし、歴史はほんの偶然で変わるということをとてもつよく感じました。また、チューリングの業績は死後50年秘密だったそうですが、チューリングは運よく公開されただけで、ほかにも歴史に埋もれた事実というのはたくさんあるんでしょうね。

  ちなみに劇中ではキーラナイトレイの縦ロールがみれます。縦ロールってホントにあるんですね。

屍者の帝国/円城塔×伊藤計劃 感想(小説)

 かなり難しい本でした。私は一読しただけでは物語の表面すらさらえなかったので二回読みました。

  まず読んで思ったのが文章が読みにくいことです。比喩が使用されているのはいいですが、内容が込み入っててそもそも比喩かどうかわからないということがままありました。そして後で種明かしをするパターンが多く、自分が意味をとれなかった文章を後で解説あるだろ、と流し読みして実は説明済みのことだったっていうのも頻発でした。明言を避けているところも多いので違う解釈をしちゃったり。ハダリーが人造人間だったとか二回読んでも気づかなかったんですけど。今でもわかんないです。でもそれはあなたの読解力がたりなかっただけで作品を貶める根拠にはならないよね?というご指摘はごもっとも。ちゃんと内容に関した感想を書きます。
 全体的な感想としては、難解だけどわかると面白い、です。初読のときは全くストーリーも登場人物の背景も記憶できなかったので理解があやふやでしたが、もう一度よんでみると大まかな展開は頭に入っていたので、細かい読み取りができました。伏線もりもりで忘れたころに明かされるのが多いので追うのが大変なのでメモするか二回読む前提でいくといいです。ちなみに屍者の帝国には色々な人物が出てきますが私が一番すきなのはバーナビーですね。典型的な脳筋キャラなのですが、いちいち言動が面白かったです。そしてワトソンの皮肉交じりの突っ込みも。仲はいいけどお互い憎まれ口をたたいている関係なのが好きです。下着じゃないから恥ずかしくないは笑いました。
 ただ、面白いのは面白いのですが私はどうも設定になじめませんでした。具体的には菌株とか情報の物質化、屍者操作技術とかです。今まで屍者技術があるとはいえ現実的な路線で歩んできていたのに、後から設定が付け足された感がありました。虐殺器官とハーモニーは未来ではあるがあくまで現実として書かれていたので、その二つと比べてしまったのかなーと思います。
 とは言いつつも終盤の、どんどんと自分の意識に疑念が生じてくるあたりはやっぱり面白いです。人類の意思は菌株が作り出したもので、純粋に人に由来する意識は存在しないという話を深めていくところはさすが円城塔だな、と思いました。私だったら「私のこの意思は本当に自分のものなのだろうか」ってかいて終わりですよ。これ以上思いつきません。フライデーが「君には私が見えているのか」とノートに書くシーンがありますがこれはクオリア的な意味で見えているのか、自分が見ているものは本当に自分の意識が認識しているのだろうかという問いを含んでいるんでしょうね。屍者は物を認識できず、生者だけが認識できるとする根拠はどこにあるのか。
 上で読みづらいとか設定後付けとかいろいろ言いましたが、終わり方は非常に好きです。地球一周する冒険を一緒にしてきたと思うほど感情移入してるのに、ワトソンが自分で自分の旅に幕を下ろす寂寥感といったらありません。そして対照的に意識を獲得するフライデー。あとがきまで好きです。賞賛は屍者に、嘲笑は生者に、っていうのが心に来ました。どこが良いのか、他にもいろいろ言葉で表そうと頑張ってみましたが、結局は雰囲気が好きだという話なのでここらへんでやめときます。
 人間の意識っていうメインテーマのほかに「可能なことはいずれ実現される」ってのも小テーマの一つみたいですね。屍者の帝国では(倫理的に禁じられているが)可能なことは~~、と否定的な意味に使われていることが多いです。
 あとカラマーゾフの兄弟の登場人物が出てきますが、これが結構感動しました。カラマーゾフは未完でおわった伝説の小説なのですが、その登場人物が好きな作家の小説で復活とか感動しますよほんとに。続編は色々な想像がされているのですが、その中にロシアに対してクーデターを起こすっていうのがあって、それを踏まえてるという点だけでも興奮しました。
 伊藤計劃とは違うところもありますがとても面白かったです。
 

 

プライベートライアン 感想

 見てる間ずっと手に力入りっぱなしでした。
 プライベートライアンといえば冒頭20分のオハマビーチでの戦闘が有名ですが、実際にみてみるとその生々しさが感じられます。弾をはじいたヘルメットを運が良いといって外して確認している間にヘッドショットされたシーンなんか声でました。
 ネットではプライベートライアンの凄いところは戦争を個人のレベルまで引きずり下ろしたことだ、というのをよく見ます。一般的日本人である私は当然戦争に対する印象は漠然としかないのですが、私みたいな人たちに対して衝撃を与える映画だと思います。
 戦争を個人的なものにしたものは、やはり個人それぞれの描写のおかげでしょう。上の命令に嫌々従う部隊員たちや、人殺しができないアパム伍長など色々な要素はありますが、一番大事なのは人が死ぬ過程とそれがもたらす影響を描いたところなんじゃないかと思います。途中で敵の基地を襲ったため仲間の1人が死んでしまう場面がありますが、あのシーンは非常にリアルでした。拭いても拭いても吹き出してくる血と、助かると繰り返す仲間、見ているしかできないアパム伍長も可哀想です。
 関係ありませんが途中で違うライアンでてくる下りいります?面白かったんでいいですけど。「ドンマイ!」と励ますような固い握手と呆れ顔の隊員には笑いました。
 あと狙撃手かっこよすぎません?カウンタースナイプするところとか塔の上から手信号で意志疎通をしていたり、頼れる相棒感がすごいです。
 見て良かったです。

self reference engine/ 円城塔 感想

 

Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)

Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)

 

  とても綺麗な小説だったと思います。self reference engine を読もうかどうか迷って、もしくは読んでもよくわからず、ネットの書評を漁っている方は「なんだかよくわからん」という感想をあちこちで目にしたのではないでしょうか。私もその一人です。しかしわからないからといって読む必要がないかというとそれは違うのです。

 私が最初に本屋でこの本を見つけて立ち読みしたときは、なんだか小難しいことを並べているだけで中身はなさそうだと思い本棚に戻しました。最初のプロローグを読んでくれればわかると思いますが、文として意味を成しているが文章としては全く意味をとることができません。当時の私は(今もですが)やるべきことの合間を縫って本を読んでいる状況だったのでとにかく手っ取り早く感動をもたらしてくれるものを探していました。そんな状況で言葉遊びのような状態を呈している本を読む余裕などありませんでした。しかし二度目にこの本を立ち読みしたときはなにやらちゃんとしたストーリーがありそうなことが判明。本を選ぶ時間すら惜しかったこともあって結局買うことにしました。

 この選択は正解でした。読んでみると言葉遊びという感想はぬぐい切れませんが、まぁそれでもいいかとなりました。投げやりになって感想を放棄しているのではなく他の点で魅力的だったということですよ。

 まず何を言ってるのかわからないがとにかく面白かったです。多次元宇宙とか無限次元時空間円柱だとか時空爆撃だとか心躍るSF用語がそれっぽい文脈と解説付きで書いてあるだけで楽しかったです。これが知識のない人が書いたのだったら「適当な用語と説明でごまかしてんじゃねえよ」となりますが、因果律の破綻した世界を徹底的に(わかるようなわからないような方法で)描いているのですんなりと受け入れることができました。

 そして思考実験めいてくるストーリーの展開も好きです。今現実に存在している相手が実は絶滅していたり、なにが何やら全く収拾が付きませんが存在しているということや進化しすぎた計算機に対する考察(屁理屈かも?)が何重にも掘り下げられていて、狐につままれている感はあるものの、とても楽しかったです。

 総括するとなんだかわからなかったが面白かったとなります。以前の私なら意味がわからず読み捨てるような感想ですが実際にそういうこともあるのです。まだまだ読み取れていないところがあるのでもう一回読みます。その時は記事を更新するつもりです。

 

追記 

 

 二回目読んだので続きを書きます。最初に書いた感想今読み返すと滅茶苦茶なこと言ってますね。消してもいいのですが戒めとして残しておきます。

 読み返してみるとこの小説はどことなく詩に似てるんじゃないかなと思いました。詩なんて真面目に読んだことがないので想像と漠然とした印象で語るのをお許しいただきたいのですが、婉曲的な言い回しやテンポよく進む(箇所もある)文章が詩的に感じる原因なんだと思います。時間の前後が逆転した世界のせいもあって、読んでる間長い一編の詩を読んでる感じがしました。

 あと比喩がうまいです。たまにグダグダ続く比喩を見ますがああいうのとは違って必要だからある感じがします。比喩での対象の置き換えとか抽象化とか簡単化とかうまい気がします。特に本書ような難解なものでは比喩のありがたみが増します。

 また所々に挟まれるユーモアのおかげでよくわからない場面が続いたとしても何となく面白いという現象が起こります。細かいオチが散りばめられているおかげでただの理屈をこねまわすだけの小説にはなっていません。まさに諧謔を弄んでます。「coming soon」なんかかなり笑えます。恥ずかしながら、初見の時は全く意味が分からず「なんかかっけー」と思って文字を追っていたのですが、二回目だと壮大な自虐ネタだということがわかりました。途中で急に予告編を入れて自分で突っ込むという下手すればダダ滑りのネタを見事に完成させています。そしてなんかかっこいい感じで終わらせます。私の人生で一番カッコいい予告編です。

 円城塔は雰囲気を作ることがかなり上手なんじゃないでしょうか。よくわからない理屈で煙に巻きいい感じの雰囲気で終わらせることがままあります。「フロイト」はその典型ですね。

 また、二周もするとだいぶストーリーがつかめました。ちょこちょこ挟んである伏線とか回収していくの楽しかったです。特に終盤の理解度が違います。「return」なんてほんと感動しますよ。今まで登場人物の一人だと思っていたリチャードが読者と同じ視点まで登っていて、穏やかだけど大事な人がいない生活を受け入れてからのからの奮起とか胸が熱くなります。やはりタイムリープものはいいですね。感情移入がしやすいです。

 

 追追記

 

arark.hatenadiary.jp

 同じような感想をまた書きました。

悪童日記/ アゴタ・クリストフ 感想

 とにかく戦争ものを!と探してたら見つけました。

 

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

 

 結構有名な本らしいですね。私は知りませんでしたが。この本は一切の感情が廃された双子の日記という体をとっているのですが、双子に感情がないわけではなくむしろしっかりとした意志と倫理観をもって行動しているのがわかります。彼らの判断基準となっているのは「愛情」です。(そうですよね?)

愛情といっても一方的に与えられる上から目線の「哀れみ」とはちがいます。

乞食の練習中にもらった品物を全部捨てた場面によく表れています。そういう意味でこの本は愛を探す物語なんて言えるかもしれません。

 私が心に残っている文章をすこし引用します。

 

仕事はつらいけれど、だれかが働いているのを何もしないで見ているのはもっとつらいんだ。(中略)僕らはただ、僕ら自身のことを恥ずかしいと思ったんだ。 

幾度も繰り返されて、言葉は少しずつ意味をうしない、言葉のもたらす痛みも和らぐ 

髪に受けた愛撫だけは、捨てることができない。

お母さんの手紙は、僕ら二人のシャツの裏側に、代わるがわる忍ばせることにした。 

この文章を改めて読むと双子がどれだけつらい生活のなかで精いっぱい生きようとしていたのかがわかります。彼らは意識的に感情を表に出さないようにすることで差別や虐待から自分の身を守っていたのです。

 愛情を大事にする描写はほかにもあります。靴屋の主人が双子のみすぼらしさをみかねて色々なものを上げようとする場面では、彼らは哀れみを感じ取り「ありがとうというのは好きじゃない」といって受け取ろうとしませんが、後にただの同情ではないことがわかると品物をうけとり「本当にありがとう」といって帰ります。

 また、母親の骸骨を屋根裏に飾る場面もそうです。普通の感覚から言えば骸骨を家の中に飾るなんて死体趣味の狂人としか思えませんが、この双子からすればただ母親との思い出を飾っているだけということになります。

 おばあちゃんと徐々に打ち解けていくのもいいですね。最初におばあちゃんとの関係変化がでたのは断食の練習をしたあと

 

「おろかな練習じゃ。そのうえ、体にも悪いわい」

 

と発言するとこだと思います。住み始めたころはあんなに意地悪かったのに・・・・。

 兎っ子という登場人物がいます。初めて読んだときはわからなかったのですが、やぶにらみは斜視で兎唇は口唇口蓋裂を表しているらしいです。つまり障害者です。彼女は最初双子にあったときに誰も自分を愛してくれないと嘆きます。これが双子の同情を買ったのでしょうか、かなり面倒をみます。途中で登場する「従妹」とはえらい違いです。

 主人公の双子は一応双子という設定ですが、物語のほとんどにおいて二人は全く一緒に行動しています。一人は買い物に行ってもう一人は畑仕事とか絶対ありません。「僕ら」を「僕」に変えても違和感がないところが多いでしょう。それだけお互い依存してるし、二人で一つの個としてふるまっています。だからこそ最後の展開が重みを増してくるわけですが、どうしてああなったんでしょうね。ちょっと考えてみましたがあまりいい説明は思いつきませんでした。続編があるのでそれを読めばわかるかもしれません。

 とても印象に残る本でした。事実が書いてあるだけなので難しい表現もなくすらすら読めます。ぜひ読んでみることをお勧めします。

 

 

 

 

高い城の男/ フィリップ・K・ディック 感想

感想

 

 伊藤計劃繋がりで(つながってませんが)読みました。端的に言うと大衆小説になれた私にとっては面白くなかったです。

 

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

 

  私はSFは全く読まないのですが、なんとなくストーリー重視の展開が面白い本というのを想像していました。ですが実際は哲学的な、登場人物の内面に焦点がおかれた作品でした。ストーリーも何か大きな事件が起きてそれを主人公たちが解決するとかいうものではなく、登場人物が自分の内面と向き合い解決したところで終了します。ただし話が練られていないかというと全くそんなことはなく、筋が通っているうえにものすごいリアリティもあります。だからここに書くのは名作を読み解けなかった私の愚痴と言い訳です。

 私は伊坂幸太郎から読書にはまったのですが、高い塔の男のように登場人物がたくさんでてきて段々と彼らの繋がりが明かされていく群像劇ものと聞くと伊坂幸太郎を思い出さずにはいられません。彼の小説はストーリー上に様々な伏線が散りばめて合って、終盤で回収、どんでん返しというのが典型パターンです。

 しかし高い塔の男は登場人物に一応繋がりはありますがそこまで密接にかかわっているわけでもなく、伏線もない。(私が読み取れていないだけの可能性が非常に大きいです。読み取りミスがあったら教えてください。)つまり私にはまだ早かったようです。その代わり心理描写に力が入っていて、作品のテーマも練ってあります。

 あと気になったのが易経の描写。作中では様々な場面で易経という占いがでてくるのですがその説明が細かい。細かすぎる。卦とか爻とか意味わからん占い用語がやたらめったら出てきます。じゃあggればいいじゃんって指摘はもっともで反論もできないのですが複雑そうで調べるのがめんどくさかったです。

 そして説明なしに出てくる固有名詞の数々。高校の世界史すら覚えていない人間としてはどれが実在でどれが架空なのか全く判断が付きません。別に判断がつかなくてもよめるっちゃ読めるのですが、どの組織がどういう目的で動いていて、解説は後でありそうかどうかがわからないので非常にぼんやりとした知識で読まなければならなくなります。ちなみに名前が憶えづらい上にたくさん出てくるのでぼんやりさに更に拍車がかかります。

 色々書いてきましたがつまりは私の努力不足です。隙間時間に読~もおっ!なんて思ってたのが間違いでした。ちゃんと読めた方からすればこんな記事は恥にしかならないと思いますが自分への戒めとして残しておきます。いつか再挑戦したいです。